「……チョコ、ほしい」



 アッサムのストレートティーをあやうくこぼすところだった。ヤバかった。学生が立
ちいりがたい雰囲気をかもしだしている店で、粗相なんて。最悪、出入り禁止という通
達をもらったら、マジでヘコむし。テラコさんは、そんな行儀とかにうるさそうじゃな
いと思うけど。


 「お前は毎回ヴァレンタインもらっているじゃないか? 遠近問わず、チョコが毎年
配達されているだろ? 確か、中等部時代は、サッカー部の連中と分け合っても食べ切
れなかったって伝え聞いたぜ。そもそも、育ち盛りのオトコが集まっても、食いきれな
かったってのが、ハンパねーな」


 「そんなこともあったな。だが、好きなやつからチョコをもらえなかったら、意味な
いだろ?」


 クールぶってるんじゃなくて、本気でユウヤは言ってる。よくよく考えなくても、世
間のモテない連中から刺されても文句は言われないような発言だ。てか、むしろ、俺も
ユウヤじゃなかったら、蹴り倒している。自慢じゃないが、男子校にいる俺としては
ヴァレンタインなんて、おかんがくれる義理チョコだけってヤツなんだから。

クラスの中でも、それなりに比べあいとかするのだ。チョコの数で。あー、子どもっ
ぽいとか言わないでくれ。くっだらないオトコの自尊心と言えばそれまでなんだ。でも、
な。そんなコト言えるヤツは、イケてる面してるか、彼女持ちの勝ち組でもねーと、た
だの負け犬の遠吠え。みっともねーヤツとか言われて終わるのがオチだ。


 「ま、確かに。好きなヤツからもらえるたら、きっと最高なんだろーなあ。俺は、今
年も関係ないけどな」

 無難にユウヤの話に俺は相づちをうつ。


 「……はあ」

だけど、ユウヤはため息をつく。んー、なんだ? サッカー部のエース、ユウヤくん
にも春が来たってか。彼女なしってのが不思議だったんだよなー。試合でも活躍してる
ようだから、他校にさえファンクラブがあるらしいし。


「なんだよ、好きなヤツ、いるんだ? な、ユウヤ、俺でよかったら相談にのろうか?
  彼女いない暦=年齢だけどな。でも、話すだけでも、だいぶ違うだろ?」

ユウヤが眠たそうな瞳をこちらに向けて、もう一度ため息をつく。


「相談できるものなら、してる。お前だったら、なんとかなるだろう。……いや、やっ
ぱ、忘れてくれ」

俺もそれ以上はなんとも言えなくて黙った。


「お前の方はそういうことはないのか?」


「そういうこと、って?」


「恋」


「男子校で出会いなんて、ナイナイ」


ニヒルに俺は笑ってみせた。渋く決めたつもりが、ユウヤはぷっと笑った。おもむろ
に、俺の髪の毛を荒くわしゃわしゃとかきまぜて、「いい子、いい子」とかユウヤは言
いやがる。でも、少しホッとしたのも事実だ。ユウヤの表情がちょっぴり明るくなった
から。


「ホッ、ホッ、ホッ。若人は青いねえ」


店の奥から、テラコさんが独特の物腰で現れた。なるべく物音を立てないように、俺
とユウヤの前に窯焼きプリンを出してくれた。


「あの、これは俺たのんでいないんですが……」


ユウヤはちょっと戸惑ってる。


「なあに、おばあちゃんのお節介と思っといてくれ。もし、気が引けるっていうなら、
また来ておくれ、ね」



 「分かりました。ありがとうございます」


「ありがとうございますッ、テラコさん。てか、テラコさんはおばあちゃんって感じ
がしないよ。うーん、現役っていうか?」


テラコさんは大笑いした。豊かな銀色の髪をゆさゆさ揺らして。


「じゃあ、アユムちゃん、アンタがあたしの相手をしてくれるわけかい?」


「ムリムリ。俺が、もっといいオトコになんねーと、テラコさんとつりあわねー。ユ
ウヤも言ってくれよ。俺、ツバメなんてムリだろ?」


ユウヤはむうと困った顔になった。


「……すまん、ツバメってなんだ?」


「年上の女性の若い愛人を指すことばだよ。別に知らなくてもいいことさ」


さらっとテラコさんが俺よりも先に答えを言う。


「むしろ、その調子のいい口があたしには心配だよ。今は、男子校なんて行ってるか
らいいものの、女の子がいたら調子のいいことを言って泣かしそうだからねー」


「うっわー、ひでえよ、テラコさん。俺、女の子には優しいよ。まだ、付き合ったこ
とないけど。ジゴロなんて俺にはムリだよ。あ、ジゴロってのは――」


「ヒモのことだろ? それは、俺でも耳にしたことがある」


ユウヤが俺のことばをつなぐ。


「空おそろしいねえ。まだ、アンタたちの年じゃ、野原を駈けずり回っているくらい
でちょうどいいのにさ。ジゴロだとか、ヒモだとか、口にするもんじゃないよ。もっと、
甲斐性があるようになったときに言うんだね」


大げさにテラコさんはオーバーに嘆く。だけど、これはフェイク。テラコさんの本心
としては、ジゴロやヒモになれるもんだったらなってみせなってところだろう。ユウヤ
がいるから、猫をかぶっている。それだけ大きくかぶると、後でユウヤが驚くだろうか
ら、ほどほどにしといてほしい。


ユウヤに「社交辞令なんてダメなオトコだからね」とテラコさんはニヤリとして、奥
へと戻っていった。


白い陶製の器にたっぷりのプリン。シンプルなデザインだけど、あたたかみのあるも
のだ。プリンの上には、生クリームがぐるぐると螺旋状に盛り付けられている。そして、
緑が鮮やかなキウイがちょこんと散らし、てっぺんにサクランボをのっけている。


「ずいぶんと本格的だな」


「ああ、テラコさんはいつでも全力で体当たりの人だから」


鈍く光る匙で、たっぷりとクリームをすくう。至福だ。自然とほほがにまにましてし
まう。じわーと口に広がる甘さがたまらない。だけど、くどくはない。


「お前、本当にうまそうに食うんだな」


「だって、うまいし」


「まあ、そうだな。甘いのが苦手のやつでも、食べれそうな感じだな」


ユウヤも手を休めることなく食べている。


「こんなのが作れるだったら、恋人に立候補したくなるよね」


「男のパティシエでも、か?」


ユウヤは突っ込んでくる。


「いや、それはないけどさ」


「……だよな。んなのは、夢だと分かっていたけどさ」


もごもごと最後のほうは呟くようにユウヤは言った。ずーんと暗くなってる。付き合
いが長いから分かる。あんまり見た目は変化してないけど、結構キてる。


「テラコさんじゃないけどさ。俺もお節介させてくれよ。一人でうじうじと悩んでい
るのを見てるのって、辛いしさ」


「俺が好きなヤツってさ」


「うん」


「普段、冗談めかして周りを明るくするようなヤツで。だけど、よくよく見ていると
さ。実は、ちゃんと考えてものを言ってて。他人の悪口はいわねーし。人の話もちゃん
と聞いててさ」


なんだろう、ユウヤは結構口数が少ないタイプなのに、今は饒舌になってる。恋して
ると、こんなに幸せそうな顔をするんだ。ちょっと妬ける。


……誰に対して?


「だけどなー、そういうのって、付き合わねーと分かることじゃないだろ? だから、
今は他のヤツが手を出すってことはねーんだよ、たぶん」


「だけど、ぼやぼやしてると誰かにとられてしまうだろ?」


ちょっと、軽くジャブをユウヤに入れてみた。


が、「俺がちゃんと睨みをきかせってから。虫はつかねー」と、かわされる。


「ふーん、だったら付き合ってるようなもんじゃん」


なんだよ、それって結局、世間様が言うようなノロケってヤツだろ。あーあー、トモ
ダチがいのないヤツだ。さっさと俺を置いて、アヴァンチュールも体験してしまうだろ
うさ。テラコさんじゃないけど、ユウヤだったら、若いツバメとして連れ歩くに十分だ
ろう。ちゃんと、背だって高いし、サッカー部だからガタイだっていい。見栄えがいい。
悔しいが、モテるのは当然だ。


「……はあ。思いが通じあってないと意味ねーだろ。なんつーか、トモダチとしてし
か見られてないと、さすがにガックリするし」


「何、オトメみたいなことを言ってるんだよ。なんか、さ。ガツンと告白しちまえば
いいじゃん。俺、手伝うし。できることがあったら、なんでもするし」


これだけのオトコを振るってのは、彼氏がいるとかだろう。ユウヤは見てくれも、性
格もいいから。たぶん、大丈夫だと思うんだよなー。


だけど、またユウヤはうだうだになった。ユウヤを見ていて思う。客観的に自分のこ
とを見れてないとダメだなー。逆の立場になったら、自分も素直に相手に告白できるか
どうか分からないけど。


「じゃあ、さ」


「うん」


「俺、……アユムのことが好きだ」


「ちょっ、うえッ!?」


な、な、なんだ!? 今のは聞き間違いか。ユウヤが、俺のことを好きって。いや、
ありえない。だって、俺たちは男同士だ。す、好きとか、そういう次元じゃないし。落
ち着け、自分。落ち着くんだ。


「あー、そういうオチかよ。つーか、タチ悪いなー。ユウヤがなまじカッコいいだけ
にマジになっちまった。それで――」


俺、空気読めないコ。ちょっとドジだから、冗談も真に受けて信じちゃうコ。


「俺は、本気だぞ。もう言ってしまったから、後には引けないし」


ユウヤは、俺を現実逃避させてくれなかった。直球勝負。きっと、オトコだったら、
答えなくちゃいけないんだろう。だけど――。


「はい、そうですーって答えられねーぞ。ユウヤがいかにいいやつかは知ってるけどさ」


弱腰の逃げの体勢なのは性格ゆえか。あー、ほんとになんて答えていいか分からない。
適当にごまかすにしても、タイミングを逸してる。


「じゃあ、試してみようぜ」


「な、何を……?」


「俺の恋人に一回なってみるってこと。試してみないうちから断るってのはダメだろ?
 それに、さっき、できることがあるんだったらなんでもするって、言ったし」


ユウヤは笑ったが、目は限りなくマジだった。ううう、墓穴を掘ってしまったのか。
やっぱ、オトコに二言はないよな。


「そ、そうだな。分かった……付き合う」


「おし。約束だからな」


なんとなく一人だけ、ユウヤだけがすっきりした顔をしている。悔しいから、ちょっ
と言ってみる。


「でも、それ、明日からな。……こ、恋人やってやるのは」


「ちょ、汚いぞ。それ」


「だって、いつからって決めてないし。だから、明日から」


俺は反撃をしたつもりでいた。だけど、敵はその上を行っていた。


「明日からだな。ヴァレンタインにはチョコくれよ。恋人だからな。別に手作りでも
いいぞ。そしたら、ホワイトデーは三倍返ししてやるから」


全然、こたえてなかった。


 恋人いない暦に終止符を打ったのは、親友だと思っていたヤツだった。しかも、かな
りむっつりな策士なので、気を抜く暇がない。というよりも、恋人ってヤツはもっと甘
くてラヴいもんだと思っていたのに。違うようだ。つーか、責任者、責任とれー。あ、
俺か。とりあえず、前途多難なのは確かみたい。はあ。三倍返しって、何くれるんだよ?






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