「どうしたんだ? 手紙なんかでわざわざ呼びだすなんて」

 犬崎剣人は、暮れなずむ教室にじっと口を閉じて佇む友人に困ったように笑いながら言った。茜色に
染まる世界の中で、二人は椅子に座るでもなく立ち尽くしていた。

 「大事な話があるんだ」

 友人である和樹は、一言そう言っただけで剣人の瞳をじっと見つめている。鋭いまなざしをする和樹に
どう対応していいか分からず、剣人は緩い笑みを浮かべてみる。しかし、和樹は、全く表情を崩す様子
はない。

 「大事な話って? 親とでも喧嘩して今日ウチに泊めてほしいとか? それとも、彼女でもできたのか?」

 「違う」

 「じゃ――」

 「剣人が好き、なんだ」

 「えっ!?」

 剣人は驚いて和樹の顔をまじまじと見た。和樹の顔は変わらず真剣そのものだ。冗談や嘘で口から
出たものではないと剣人には分かった。

 和樹はおもむろにネクタイを外しだした。解いたネクタイを床に投げ捨てる。そして、ゆっくりとシャツの
ボタンを外し始めた。陽を当てていない真っ白な肌がシャツの隙間からのぞく。

 「ちょ、ちょっ、ちょッ、待て! なに、しようとしているんだ!?」

 「セックス?」

 「問答無用で何を始めようとしているんだ!? ってか、第一まず清く正しい交際をして、しかるべき
行為をした後にセッ、セックスなんてものはするんじゃないのか!? というよりも、俺たちオトコ同士
だっ」

 和樹は嫣然と剣人を見て微笑んだ。

 「ウソツキ。剣人のココは正直だよ」

 和樹が指差すものを見てみると、剣人自身は自己を主張していた。

 「こ、これは何かの間違いだ!」

 「剣人の気持ちなんかすっかりお見通しなんだよ。だから、僕が――」

 教室の窓から聞こえていた部活の練習声やボールを打つ音が一瞬消えた。

 そして、剣人のズボンのジッパーを下ろす音だけが世界を占めた。どうにかしなくてはならないという
思いが頭の中をぐるぐると駆け巡るが声にならない。しかし、一方で薄暗いなかでぼんやりと浮かぶ
和樹の白い手だけを綺麗だなと思った。

 ジーーッ。

 「うわぁぁぁああぁぁあぁあああああ!!!」

 

*

 

 「あ、悪夢だ。しかも、手紙ってなんだ自分」

 IT革命万歳のケータイ世代の自分がひどく古典的な告白場面を夢見たと思う。

 しかし、それより問題は、友人で、その上、同性である笹山和樹とナニをしようと考えていたかと思い
おこすだけでも、涙が出そうだ。健全で健康な花の高校二年生男児が夢に見ることじゃないと剣人は
思う。まず、倫理的にも、世間的にも大変ヤバい。そもそも、和樹本人に夢の内容を知られでもしたら、
どんな制裁が待ってるかと考えると胃に穴を開けそうだ。

 雀が元気よくさえずり、太陽がさんざめく爽やかな朝に、和樹はさめざめと脳裏に浮かぶ言葉がある。

 ――不毛だ。

 

*

 

 剣人が教室で密かに朝の夢のことで悶えていると声をかけられた。

 「犬崎くん、おはよう。 どうしたの? なんか元気ないっぽいけど」

 「松原か。ちょっと夢見が悪かったから」

 「それは災難だったね」

 どうせ見るなら、松原みたいな線の細い可憐な女の子がでてくる夢をみろよ。剣人は心配そうな顔で
見つめる松原に思考をシフトさせながら考えた。松原奈々という少女は、けっこう頻繁に告白を受けてい
る。それでいて、付き合っている奴はいないらしい。異性にだけ人気があるかというと、そうでもないらし
い。友達がそれなりにいて、真摯に色々な相談にのってしっかりとしたアドバイスをするから同性からも
頼られているらしい。

 「どんな夢だったの?」

 剣人は聞かれても、内容が内容なのでなんて正直に答えることができない。さりとて、さらっと巧い言
葉が出てこない。冷や汗がだらだらとでている。

 速く問いに答えなくては、と焦りが加わって、よく分からなくなってくる。

 「あ、悪夢?」

 剣人は冷や汗をたらたらかきながら、答えた。

 「なんで疑問形なのよ。犬崎くんて面白いね」

 内心、剣人は「笑うとこじゃないよ」と思いながら、一緒に笑った。乾いた笑いを。

 「剣人、今日はどうしたんだ?」

 いつもの緩い笑みを浮かべると、今日の悪夢の元がやってきた。

 「お、おはよう。和樹」

 「で、どうして今日は僕を置いていったんだ」

 「じゃあ、わたし、行くね。ばいばい」

 「ああ、またな松原」

  静かな怒りを込めて睨んでくる和樹に恐れをなしたのか、松原はかわいく手をふって席にもどって
いった。

「――剣人」

 「はいっ」

 剣人は冷たい声にびくりとする。和樹は相当ご立腹の様子だ。

 一体、なんと言い訳していいか、剣人は分からなかった。それとともに、夢の光景がフラッシュバックし
て顔に自然と血が集まってくる。

 「だいたい、先に行くんだったら、メールの一つでもくれればよかったじゃないか?」

 「ご、ごめんッ」

 「謝罪するくらいだったら、ハナからそんなことしないでよ。和樹を待って、しかも来ないから迎えにいっ
たら、あわあわしながら学校に来たとか、小母さんは言っていたよ」

 「ご、ごめんッ」

 剣人はしゅんとうつむいた。確かに、和樹のことを考えると不埒な夢を思いおこすからといっても、和樹
には全く関係のないことだ。全面的に剣人が悪い。

 和樹は、そんな剣人の様子を見ながら、はあっと溜め息を一つついた。

 「仕方ないね。どうせ悩み事かなんかで一人テンパってるんでしょ? 今は、時間はないけど、放課後
聞いてあげるから整理しといてよ」

 「ちょっ――ムリッ!」

 「どうせ一人で考えたってぐるぐるしてるだけでしょ」

 剣人は再び机に沈み込んだ。

 どうしろというのだ。本人なんかに絶対言えるワケないとか思う。だけど、和樹の言ってることも正しい
のだ。幼い頃から、つまらないことから大きなことまで、物事をはっきり判断する和樹に相談して的確な
助言をもらっていた。その度に、一歩先を見る和樹みたいになりたいとも思っていた。と同時に、頼りき
りっぱなしの自分が情けなく思い、剣人は頼られたいとも思っていた。

 一時間目も始まってないときから、もう放課後をスルーして帰りたいと強く剣人は思った。






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