板野虎太は、クリスマスがやってくると二十になる。

 虎太には誕生日までに叶えたい夢があった。それは十代が終わるギリギリだからこそ強く
願うことであったが、実は周りの友達にさえ相談したことがなかった。

 恋人が虎太の人生のなかで存在しなかった。ゼロである。当然、お年頃に話題になるアレや
コレやナニなんてものとは縁がなかった。甘い響きを持つ恋とは虎太は無関係だった。

 別段、恋人がいないからといって、学業にはまったく関係ない。友人たちの品のない恋バナも
そつなくクリアしてきたと思うのだ。実際、生きるか死ぬかの問題ではないのだから普通にして
いればいいのだ。相手があっての恋愛だし、見栄のためだけに誰かとつきあいたくはないし。

 しかし、友人たちから恋愛自慢を受けるとき、ドラマを見終わったりするとき、部屋に帰ってきて
息の白さを感じるとき。ちらちらとどうしようもなく、くだらない考えが浮かぶのだ。

 「もしかして、俺って負け組?」

 もちろん、虎太だってそんなことが勝ち負けの対象になることではないと知っていた。勝ち組とか
負け組とか、人間をたった二種類の枠組みに当てはめるのがおかしいと感じていた。それでも、つ
いつい考えてしまうのだ。

 恋人がいない自分の顔をまじまじと鏡で観察する。あたたかみのあるブラウンの髪の毛。ちょっ
とタレ目だけど、それが優しそうな感じを出す目。かたちのいい唇。そして、決して低くはない鼻。
自分ではそれなりに悪くはないと思う。

 小さい時分には、思っていたのだ。二十くらいになれば、父親のように精悍な風貌になるのだろ
うと。だが、母親の要素を受け継いだのか、虎太は童顔だった。大学生なのだが、いまだに高校生
に見られることもある。言動が幼いのではないとも思うのだが、実際の年齢よりも虎太は年若く思
われるのだ。

 セックスしてみたいから女性とおつきあいなどとも望まないが、なんとなくしないまま十代を終える
のも悔しい。二十を越えてから、童貞なのだと女性に告白するのもたぶん気まずい感じがするだろ
う。ラストチャンスという思いが焦りにまで発展していた。

 片思いを恋愛に換算すれば、虎太にだって恋愛がないことはなかった。率直に言うと、虎太自身
がヘタレだったので、思いの丈を伝えることができなかった。向こうから告白してくれるなどというの
は夢のまた夢なのだ。

 初恋は、幼稚園のころの綺麗なより子先生だった。虎太は名前の方は勇ましいが、よく言えば慎
重な性格の子どもだったので、虎太と比べるとませた男の子たちのように「好きだ、先生」などと言え
なかった。

 幼稚園のぞうさん組のときにこんなことがあった。おゆうぎ会で演目はさるかに合戦だった。虎太
は、かにの役であった。園児らしい失敗もありながら順調に進んでいた。しかし、物語中盤、虎太は
セリフを緊張のためにつかえてしまった。

 失敗してしまったので、虎太は顔を赤く染めた。保護者も先生の方も、園児の初々しい態度をむし
ろ微笑ましく思っていた。虎太の方は、セリフが出てこない焦りからパニックになっていた。

「おさるさん、甘いカキの実くださいなー!」

 観客席の園児の席から虎太のセリフが出てきた。はらはら見守っていたより子先生は、機転を利か
せて皆でセリフを合唱するよう促して、見ている方も参加できる劇にしたのだった。

 より子先生の機転のおかげで窮地を救われた虎太は、単純にも恋をしてしまった。それから、初恋
を実らせることができなかったせいか、恋をしても全て片思いで済んでしまっていた。






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