「ハーイ! タッちゃん先生、お久しぶりー」
「ゲっ……若林。なんで、お前がこんな所にいるんだよ」
少し上擦った声で、立山が言う。俺も思う。どうしてこんなヤツを連れてきたの
だろうか。いくら、優の論理に押しきられたと言っても、問題があるだろう。
「そんな露骨に嫌がらないでくださいよー。センセーと俺の仲じゃないですか?」
優が猫なで声でこびる。なかなか聞き苦しいものがあると思う。
「そんな間柄になった覚えはない!」
「その、立山先生……若林が俺の手伝いをしてくれるそうで。休みが近いので、
手伝いにきてもらったんですが……ダメですよね? そもそも、若林が部外者の
時点でダメですよね」
虎太は瞳に力を込める。しかし、立山は窓を見やり、遠い目をした。
「隕石でも落下してきたと思え、板野。俺は、関わらないぞ! 絶対に!」
「話が分かるねー、タッちゃん先生」
「だから、それをすみやかに、どこかにやってくれ」
虎太はうなだれた。そして、優の肩をつかんで、静かに職員室から退場した。
「立山先生になにしたんだよ、お前……」
「ナニ?」
心底うれしそうな顔をした。
「いや、いやいや……やっぱり知りたくないわ」
虎太はげんなりする。隣を歩いていた優の顔からは恐ろしいものしか読み取れ
なかったので、視線を前に戻すと、黒いかたまりがあった。
そう思ったの同時くらいだろうか、相手の胸元へと飛び込んでいた。相手は
ぐらりと後ろへと倒れ、虎太も一緒に倒れた。
「大丈夫か? お二人さん」
「うう。俺は、大丈夫だけど……」
「先輩、すいませんがどいてほしいっす」
哲哉の腹の上に、虎太はのっかっていた。哲哉の声は硬かった。
「あ、その、……悪かった」
虎太は、そっと哲哉の上からどいた。哲哉はなんとも言えない顔をして黙って、
ぱしぱしと服をはらった。
「酒井、今日は部活でないの?」
自然と虎太の口から言葉がでていた。
「俺、受験生っすから。本当は、部活に出ちゃダメなんっすよ」
「ふーん、マジメだねえ。今からお勉強するぞって顔でもないけど」
優がうつむきがちな哲哉の顎をくいっとつかんで、その瞳をのぞく。優は、
表情を消してじっと見つめる。
「……嘘じゃないっす」
哲哉は目をそらす。
「なんていうかさ。若林先輩、会いたかったっすくらいの言葉は言えないのかねー」
そんなんじゃ、出世できないよと優はにやりと笑う。
「お久しぶりっす、若林先輩。そして、昨日ぶりっす、板野先輩」
「……おう」
「どうした、お二人さん。仲がよかったのに、どことなくぎこちないねえ」
優が容赦なくつっこむ。
「もしかして、酒井、ふられた?」
事情を知っているのに、どうして傷口に塩を塗るような――。
「まて――」
「それが、若林先輩に何か関係があるっすか?」
一つ一つ、噛みしめるように哲哉は声を発した。
「別に関係ないよ。ただ、俺さ」
ぐいっと虎太の腕をつかみ、抱き寄せる。
「かわいい子が好きなんだよ」
虎太は優の行動が理解できなかった。加えて、哲哉の前でどんな表情で
ふるまえばいいか分からなかった。だから、抵抗らしい抵抗もできなかった。
「優、お前、何がしたいんだ」
「……先輩を離してください」
「やだ、って言ったら?」
優は、不敵に言い放つ。
「人の間にたって、そんなことを言い合うな」
だんだんと足を踏みならして、二人のいさかいに止めようと虎太はするが、
まったく効果はあがらない。むしろ、優からは「うるさいからあっちにいけ」という
視線を送られるし、哲哉はそんな虎太に目を向けようともしない。
これでは、ひとり廊下でじたばたしているのが、バカみたいに思える。虎太の
努力に呆れたのか、ふっと優は表情を緩めた。
「俺、これから、酒井とメシ食いにいってくるわ。後は、勝手に頑張って」
「行きたくないっす。離してくださいっす」
いやがる哲哉をずるずる引きずって、優は去った。
「何がやりたいんだ、あの男は」
本当に頭が痛くなるような男だ。