「クリスマス・イヴ、空いているか?」
剣人がまじめな顔をして尋ねてきた。
だから、和樹は柄にもなく素直に「うん」と返事をしてしまった。
街全体がきらきらと飾り付けられていて、道行く恋人たちはどことなく楽しそうな顔
をしていた。赤と緑の二色が惜しみもなく辺りに散りばめられている。
「夜になると、このビル周辺がライトアップされるんだって。その、来ることができ
たら、いいよなあ」
「あれ? 去年くらいか、なんて電気代の無駄なんだって憤慨していてなかったか?」
和樹は耐えた。
「……そうだね、そんなことも言ったかもしれない。今の季節、恋人同士が手をつな
いだりしてるねえ」
さりげなく和樹は左手をさしだしてみた。
「確か、和樹、よくも街中で恥ずかしげもなくできるもんだよなって言ってたような――」
もう、我慢できない。
とぼけた顔をして突っ込みをしてくる剣人の背中に回し蹴りを入れた。それも全身全
霊で。高校生男子が本気を出したらかなりのものである。
「……痛い」
「情緒の一つくらい理解しやがれ。このニブチン!」
地面に崩れ落ちた剣人をひとり残して、和樹はさっさと駅の中へと入った。
*
信じられない。世間一般では、甘い雰囲気を作り出そうとする恋人の努力を粉砕する
バカはそうそういないんじゃないかと思う。和樹が自分で蒔いた種とはいえあんまりだ。
和樹だけが期待して、舞い上がって、墜落しているような気がする。
剣人に好きだと告白されてからも、二人の関係は以前とは変わらなかった。それは和
樹を安心させる一方で、なんとなくぽっかりと穴が開いたような悲しみがあった。
皓々と頭上に輝く丸い月を眺めながら、和樹はベッドに横たわる。
ふいに携帯が震えて、びくりとする。机の上においていたから、よくがたがたと振動した。
剣人からのメールだった。
『イヴの日、五時に和樹の家に行くから待ってて。あと、今日はごめん。俺、和樹の
言うとおり鈍いから、きっとなんか悪いことをしたんだと思う』
バカ正直に原因が分からないと告白してくるところが剣人らしいと思う。
『いや、気にしないで。ただの八つ当たりだから。』
和樹は、十分くらいしてからメールを送った。
「メールだと少しくらいは、素直になれるのになあ」
その声は静かな部屋に響く。
たまらなくなって和樹は音楽をかけた。
*
ピンポーン。
軽快なチャイムの音が聞こえる。約束通り剣人が迎えにきたのだろう。
「オッス。和樹、準備できてるか?」
「うん。僕が時間に遅れるなんてことありえないでしょ?」
口から言葉がするりとこぼれ落ちた瞬間、和樹は舌打ちしたかった。どうして自分は
素直に返事ができないのだろう。和樹のかわいくない性格は昔からのものであるが、剣
人にだけでもかわいらしく接したいと思う。
今日はクリスマス・イヴだ。日本では、恋人たちを祝福する聖なる日だ。
和樹は息を一つ吸って、後ろ手に隠していた手のひら大の小箱を剣人の手に押し付けた。
「和樹、これは?」
剣人が目を丸くして和樹に尋ねると、いたずらが成功した子どものように和樹は笑う。
「少し早いかもしれないけど、クリスマスプレゼント」
「ここで開けていいか?」
「もちろん」
剣人の反応が見たかったので、和樹にとって好都合だった。
「カッコいいな」
和樹が前からシルバーアクセサリーの店に行ったときに、目が引かれていたものを選
んだ。それは、風をイメージしたという曲線が幾重にも絡み合ったシンプルなデザイン
のものだった。銀だから手入れをしなくては黒ずんでしまうが、普段の服装にも合わせ
やすいのもポイントが高かった。
和樹は胸を張って威張る。
「失くしたりするなよ」
「絶対に失くさないから。絶対に大切にするから」
剣人は緩い笑みを浮かべて請け負う。
「って、和樹、用意が出来てるなら、行くぞ」
「大丈夫さ」
ぐいっと、和樹の手を剣人は握り締めて、引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待って。玄関の鍵閉めていくから。そんなに引っ張るな」
「じゃあ、速くしろよ」
剣人はご機嫌な様子で和樹の手を握ったままでいる。
こいつは恥ずかしくないんだろうかと思う。剣人の顔を見つめると、
「待っててやるから、しっかりと戸締りしろよ。最近、物騒だからな」
和樹の気持ちなんて一足飛びに越えているかのように思えて不安になる。だから、和
樹は黙ってぎゅっと手を握り締める。