「やあ、ようこそ和樹くん」
剣人のお父さんが和樹に挨拶をしたのを皮切りに、犬崎家の人々は口々に聖夜を祝う
言葉とともに、和樹に挨拶をする。
「もしかしなくても、剣人の家って、欧米風のクリスマスの過ごし方をしてたっけ」
内心、どこかの洒落たレストランで食事の一つでもするのかと思っていた和樹は肩透
かしをくらった気分だ。毎年、家族ぐるみでつき合わせてもらっておいて、今年だけ違
うとかはありえないよな。いくらなんでも、家族の方だって男二人で出かけるなんて、
そんな不経済で不毛なことを快く許すとも和樹には思えない。
「今年は、三人で過ごすかと思っていたよ。クリスマス・イヴだしね」
剣人の弟、龍太郎がませた口をきく。
しかし、剣人の母はその斜め上方を飛んでいた。
「そうだねえ。甲斐性ないというか、根性ないというか、出来の悪い息子だけど、よ
ろしくしてやってね。和樹くん」
ホテルの一つや二つ、予約してくればいいのにねえと言って、剣人の母は豪快に笑う。
前言撤回。
ここの家族の人達は許してくれそうだ。
「剣人、ちょっと部屋に案内してくれる。そうだ、確か、数Uのテキスト新しく買っ
たって言ったよねえ」
和樹は剣人の腕を問答無用でがっちりと握った。
顔は、にこやかだが有無を言わせぬ迫力に剣人はたじろいだ。
「ちょっと、失礼しますね」
和樹は、部屋へと剣人を追いやった。
「ご両人、ゆっくりと、ね」
剣人の母の言葉に、頭がくらくらした。
ドアをきっちり閉めると、剣人に詰問した。
「もしかして、バラした?」
「いや、全然……」
剣人はたじろぎながら答える。
「じゃあ、あの態度はなんなんですか? 納得のいく回答をしていただきたのですが。」
「えー、えーと……野生の勘?」
間抜けな剣人の答えに、和樹の短い導火線に火がついた。
「違うだろっっ!」
ボディに一発お見舞いしてから、和樹はリビングへと戻った。
「せっかくの食事会なのに、席を外してすみません」
にっこりと外面では笑いながら、和樹は、内面では泣きそうになっていた。
「いや、かまわないよ。これからも、うちの愚息と仲良くしてやってほしい」
剣人の父が鷹揚に答えた。
「いえ、こちらこそお世話になってまして」
さすがに、和樹の方も同世代と付き合うような話し方はできなかった。
「さあさ、堅苦しい話は止めにして、食事を楽しもうじゃないか」
場を明るいものへと変える。家族を支える料理長は偉大だと思う。
「そうだね。お兄ちゃんなんて放っておいて食べようよ。和樹さんも速くシーフード
ピザ多くとっていたほうがいいよ。うちの家族、食べるの速いから」
龍太郎が冷静に言い添える。
そのころ、剣人は自分の部屋で和樹の怒りをどうしようかと頭を抱えていた。
*
食事会も和やかに済み、片付けを手伝おうかと申し出た和樹を剣人の母は
「そんなこと気にしないでよ。子どもがそんな気を使っちゃいけないよ」
と言い、断った。
「そうだ、和樹くん。駅前のイルミネーションを見たかい? 結構、綺麗だったよ。
イヴの今日と明日だけ、特別に鐘をならせるそうだよ」
最近、フリーペーパーで読んでねとほがらかに剣人の父は笑う。
「まだ、見てないんです。夜の駅前に用事がなくて……」
「父さん、それ、今から和樹を連れて行ってこいってこと?」
剣人はそれに軽く答える。
しかし、父の方は心底がっかりしたという顔つきをした。
「我が息子ながら、本当に情緒を解さないやつだな」
……どこかで、聞いたことのある台詞だった。しかも、つい最近。
「そうか、まだだったか。これから先はお前でも言いたいことが分かるだろう?」
「お兄ちゃんなら、ありえるよ」
「そうだったら、情けないねえ」
家族から集中砲火を受けて、剣人はうんざりしたような顔をした。
「分かったよ。俺だって、まだ見てないから食後の散歩がてら行ってくるよ」
「あ、待って。これ持っていって」
龍太郎が一度引っ込んだかと思うと、目薬の箱くらいの大きさのものを剣人に渡し
た。和樹は見間違いかと思って、剣人からその箱をひったくる。
コンドームだった。
理解のある家族もなかなかやっかいだなと、和樹は思った。しかし、中学生の龍太郎
がどうしてコンドームを持っているのか、空恐ろしくなる和樹だった。
剣人の方はどうやら気づいてないみたいだったが。
*
「やっぱり混んでいるね」
和樹は嘆息する。
駅前につくと、そこはカップルで溢れていた。中には、小さい子どもさんを率いた家
族連れもいたが、圧倒的に二人組の方が多かった。
小さな明かりが無数に吊り下げられて幻想的な空間を演出している。そして、バック
に情感あふれる洋楽を流していた。空を見上げると、街全体の明かりで少し闇が薄くな
っていた。
「綺麗だな」
剣人は静かに言う。
イメージ通りの聖夜だった。きっと絵に描いたような恋人たちの過ごし方なんだろう。
「でも、星が見えないね」
和樹がぽつりと言葉を漏らす。
「北風が濁った街の空気を吹き飛ばしても、明るすぎて星が隠れてしまった。ベテル
ギウスも、シリウスも、プロキオンもここからじゃあ見えないね。僕には少し寂しい光
景だ」
「そうだな。修学旅行で見た星空はずっと綺麗だったな」
剣人は、懐かしそうに目を細める。
「やっぱ好きな奴と見たって、好きになれないもんは好きになれないんだな。……一
人で見るより百倍ましだけどさ」
だんだんと和樹の声は消えていくが、剣人は聞きのがさなかった。
「もっかい言って」
剣人は目をきらきらさせてねだる。
だから、和樹はぼそぼそと呟いて、くるりと後ろを向いた。
「聞こえなかったから、もう一回! な、な、いいだろ?」
バカなことをねだる恋人に蹴りをいれて、和樹は駆け出した。
しっかりと剣人がついてくると確信して。