恋しちゃってる。
頭の中にそのフレーズがくるくるとまわっている。問題なのは、誰に恋しちゃっているかだ。
和樹は学年の中でも5本の指に入るほどの学力の持ち主だ。加えて、幅広い教養を持つんだとか言
って一日一冊を実行している努力家でもある。しかし、持ち前の性格の悪さが災いしてよく知らない奴か
らはイケ好かないと陰口を叩かれたりしている。それでも、弱みをみせて同情を誘うようなことは和樹は
できなかった。
そういう不器用なところがなんとなく世話のかかる弟みたいで目が離せなかった。友達として、剣人は
心配だった。
時計の針は12時を越している。
寝なくてはいけないと思うのに、さっきからずっと和樹のことばっかり考えている。
大体、和樹と剣人は男同士だ。
進展のしようがないと思う。
世間も許さないだろうし、家族も困るだろう。顔をあげて道を歩けないのではないだろうか。もし、和樹
と付き合うことなどしてしまったら。
しかし、夢の中での和樹は儚かった。剣人が和樹のことを否定してしまったら、この世界からいなくな
ってしまうかのようだった。
だからと言って、和樹のことをどうすることもできない。友達だから。
剣人はそもそも現実の和樹は、剣人のことを恋愛の対象としてなど見ていないだろう。本当に剣人が
ぐるぐる考えていることは、不毛なことなのだ。
明日会った時は、普通にしなくちゃいけない。
聡い和樹のことだから、今日はバレなかったけど剣人の不毛な思いに気づくだろう。それだけは絶対
に阻止したいと思う。
あの毒舌で止めを刺されると、しばらく剣人は再起不能になることは間違いないのだから。
窓から差し込む月明かりは柔らかかった。
幾時か照らされているうちに、自然と剣人のまぶたはくっついていた。
*
「どうしたんだ? 手紙なんかでわざわざ呼びだすなんて」
剣人は、暮れなずむ教室にじっと口を閉じて佇む和樹に困ったように笑いながら言った。全てが茜色
に染まる中で、二人は椅子に座るでもなく立ち尽くしていた。
「大事な話があるんだ」
和樹は、一言そう言っただけで黙して剣人を見透かすような笑みを浮かべている。そんな和樹にどう
対応していいか分からず、剣人は緩い笑みを浮かべてみる。しかし、和樹は、全く表情を崩す様子はな
かった。
「だっ、大事な話って?」
剣人の声は裏返った。なんだか途轍もなく嫌な予感がする。
「剣人と僕の関係についてだ」
「とッ、友達だろう」
「剣人はさっきから何を動揺しているの?」
和樹は唇だけを上げた表情をしている。剣人は、普段の和樹の雰囲気と全く違ってどうすればいいの
か分からなくて言葉が上擦るばかりだ。なによりも、ここから先聞きたくない言葉が出てきそうで不思議
なことに恐怖すら覚えていた。
「剣人はズルいよ――僕は剣人のことが好きなのに」
剣人はナイフを突きつけられたかのような心地になった――分かっている、卑怯だなんてことは初め
から。
和樹はおもむろにネクタイを外しだした。解いたネクタイを床に投げ捨てる。そして、ゆっくりとシャツの
ボタンを外し始めた。陽を当てていない真っ白な肌がシャツの隙間からのぞく。
「ちょ、ちょっ、ちょッ、待て! 俺はしないぞ、セックスなんて!」
「ウソツキ」
「嘘、じゃない」
剣人は呻いた。
「剣人のそこは違う意見を主張しているみたいだけどね」
和樹はひんやりと笑う。
和樹が指差すものを見てみると、剣人自身は自己を主張していた。
「た、確かに俺は和樹のことを好きかもしれない。で、でも、だからといってダメなものはダメなんだ!」
「どうして」
和樹は突然、親から見離されてしまった子供ような心もとない顔をした。
「僕は――」
*
「俺、どんだけ和樹のことが好きなんだ。」
剣人は深い息を吐いた。
ふと、気づいて起きると、そこは見慣れた自分の部屋だった。
なんか、ぬるぬるすると剣人は思った。
まさか、なと思いつつも自分の下着を見てみると。
「うわぁぁあああぁあぁあああっぁああああああ」
剣人は本当に消えてしまいたいと思った。
――夢精して、しまった。
夢のなかでなんだか気持ちよいことがあったのはぼんやりとは覚えている。もしかしなくても、そこで
は、和樹とやっちゃってたのか。
友達なのに……和樹は友達なのか?
剣人は今日どんな顔をして和樹に会えばいいか分からなかった。