むくれてしまった和樹になんとなく剣人は安心した。夢の中に出てきた見知らぬ和樹なんかじゃなく、自
分のよく知っている我が儘な和樹であることが分かったようで。

 そんなことをうっすらと考えながら、ついつい授業中でも和樹の方に目を寄せてしまう。

 自分と比べて小さい背だなとか、教師の言っていることに皮肉気な笑みを浮かべてるなとか、足が遅
いし体力がないのにムキになって素知らぬ顔でランニングしているなとか、よくムダに食べるよなとか。

 和樹の方は、あれから虫の居所が悪いのか、剣人と視線が合うとわざとらしく鼻をならしながら、つい
と逸らす。それがまた、剣人の中の何かを刺激する。

 ただ確実に分かることは――不毛だということだ。

 「犬崎、何さっきから見てるんだ?」

 剣人の様子が変なのに気づいてクラスメイトの高田啓太が声をかけた。

 「何も見てないよ」

 「ああ、笹山のこと見てたんだ。なんかお前ら喧嘩したみたいだもんな。犬崎が声をかけようとしても、
徹底的に避けてるだろ、笹山の方が」

 啓太は剣人の机に来てようやく何を見ていたか、気づいたようだった。

 「別に喧嘩なんかしてないさ」

 「じゃあ、一方的に拗ねているんだ」

 「頼むよ、高田ァ、これ以上、和樹を逆撫でするようなことは言わないでくれよ。俺までとばっちりを受
けちまうよ」

 手のひらを広げて、殊更に嘆いてみせた。

 啓太は一瞬眉を寄せたが、すぐにそれを消して、人の悪い笑みを浮かべて剣人に囁いた。

 「なあ、犬崎、ラブレターもらったんだって?」

 「ちょっ、なんで、知ってるんだよ?」

 「この俺さまの情報収集能力を侮ってくれるなよ」

 「そんな能力発達させてないで、勉強しろよ。……不毛だぞ」

 「不毛で結構」

 啓太は、あっさりと剣人の言葉を流した。

 「で、どうするんだよ? 告白の行方は?」

 「残念ながら、相手が分からないからね。どうしようもないさ。てか、ラブレターを受け取ったってのしか
知らなかったんだな」

 「ちぇー、カマかけた意味なかったのかよ」

 「はいはい、いい子いい子」

 ふざけて、剣人は啓太の頭を撫でる。

 「あはは、ヤメろよ。この野郎っ」

 啓太も負けじと体を捻って、剣人の手を避けようとする。

 なんだか、怒りのオーラが漂ってくる。

 その発生源に目をやると、和樹がこちらを睨んでいた。

 「か、和樹? どうしたんだ?」

 剣人は、なんだか顔に血液が集中するのが分かった。

 「べーつーにー。ただ、いつもしつこいくらいまとわりついてくる奴がいないと静かに読書ができるんだ
なと思って」

 和樹は憎憎しげに言い放った。

 啓太は処置なしと肩をすくめて和樹と剣人のやりとりを静観する。

 「なっ、そんな言い方ないだろ」

 「事実だし」

 和樹はなおも言い募る。

 剣人はなんだか悔しくなった。和樹の毒舌っぷりには慣れているつもりだが、今日はなんだか我慢が
ならなかった。

 「和樹っ!」

 心の中が怒りで満ち溢れて、ただ、剣人は和樹の名前を呼ぶことしかできなかった。

 教室中が水をうったかのように、静かになった。さっきまで、雑談でざわめく空間だったが、剣人の剣
幕に驚いたからだろう。普段、温和である剣人の怒りの姿に皆、目を丸くしている。

 和樹は、10秒くらい目を伏せていたが、おもむろに目が据わっていった。

 「犬崎、なあ、落ち着けって」

 静観していた啓太だったが、事が大きくなり始めたので、止めに入った。

 「――高田。……そうだな」

 「笹山も言いすぎだ」

 剣人は、止めに入ってくれた友人のことを感謝した。その場を取り繕うかうように、困ったような笑みを
浮かべた。

 だが、和樹はその笑みを見て、ますます逆上した。

 「――ッ、剣人はそんなだからッ! 僕はッ! 曖昧にして全部無かったことにしようとなんてしないで
よ。僕は、僕は、そういう奴は大嫌いなんだッ!」

 扉が壊れるかと思うくらいの勢いで閉めて、和樹は走り去った。去り際の和樹は、昨日の夢の中で見
たような心細そうな表情をしていた。

 「待てッ――」

 剣人はそんな和樹を追いかける。

 しかし、啓太に腕をつかまれた。

 「行くな、犬崎。ほっといてやれ」

 「離してくれ、頼む高田。あいつを追いかけなくちゃいけないんだ」

 「犬崎、お前、笹山に追いついてなんて言葉をかけるつもりなんだよ。笹山が欲しいと思ってる言葉を
かけてやる覚悟なんてないんだったら、追いかけるのは残酷だぞ」

 「高田、意味が、分からない」

 じっと見つめてくる啓太の視線に耐えられなくなって剣人は逸らした。

 「なんだか分からないけど、困ってるやつを放っておくなんて俺にはできない!」

 啓太の手を振り解いて、和樹を追いかけるべく剣人は走りだした。

 そんな剣人の後ろ姿を見つめて、啓太は溜め息を一つ吐いた。

 「あーあ、ふられちゃったね」

 「松原か。あいつの性格上、仕方がないことさ。それよりもお前も大変だな」

 「ほっといてよ」






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