和樹はどこに行ったのだろう? あんな和樹を初めて見るような気がする。自信満々で剣人よりも大
人びた表情をする少年が、なんだか小さい子どものようで酷く困る。どんなに苛々していても、和樹は決
してその牙を剣人には向けることはなかったはずなのに。

 昨日の会話みたいにちょっと甘噛みするみたいでじゃれつくだけなのに。どうしたんだろうか?

 和樹を探してあちこち走っていると、まとまらない考えが万華鏡みたいに閃いては消えていく。

 そして、頭の中から離れないのがさっき啓太に言われた言葉だ。「笹山が欲しいと思ってる言葉をか
けてやる覚悟なんてないんだったら、追いかけるのは残酷だぞ」

 剣人は、なんのことだが本当に分からないと思った。ただ、和樹が困っているんだから何とかしてやら
なくてはと自答する。

 中庭の裏道に出ると、舞い散る落ち葉が絨毯のように辺り一面を覆っていた。黄色と橙色が混じった
ような微妙な色合いで足元は彩られている。空は晴れているのに、風は秋ゆえに少し冷たかった。

 「剣人のバカ、アホ、ニブチン。こんなに……悲しくて、バカみたいに……苦しくて、……なんだっての。
そのせいで気持ちは空回りしまくるし」

 どこからか、和樹の声が聞こえてくる。

 和樹は青々と茂る低木の影で泣いていた。

 その姿を見てたまらず、すっぽりと和樹の体を抱きしめた。

 「な、なにやってるんだよ。バカ剣人」

 「泣いているから」

 「泣いてないっ!」

 こぼれる涙を剣人はぬぐった。

 「泣いているじゃないか」

 目元を紅くしながら、和樹は顔の表情を歪ます。

 「もっと速く来いよな。来ないかと思って、ほんとに泣けてきたんだよ、チクショウ。お前のせいだ」

 「分かった、分かったから。もう泣くの止めろよな。見てる方が辛い泣き方なんてするなよ」

 「うん」

 「あんな物言いするな、いくら俺が抜けてても怒るぞ」

 「うん……もう言わない。約束する」

 腕の中の和樹は、小さな子どもだった。剣人がぎゅっと抱きしめてやると、和樹もぎゅっと抱きしめ返
す。そんな和樹の態度に小さく笑いをこぼす。

 「前もこんなことがあったよな」

 剣人は笑いながら言う。

 「ないよ」

 和樹は眉を寄せて否定する。

 「あったよ。確か、小学校の頃、お前、クラスの奴がひっどい陰口を言ってたのを聞いてこうして一人泣
いてたじゃんか。ずっと、ずっと、和樹を傷つける全てのものから、守ってやるからって約束したよな」

 「……その時は身長差なんてあんまりなかったもん」

 「なんだしっかり覚えているじゃないか」

 剣人は呆れたように和樹に目を向ける。

 「和樹は、意地っぱり屋さんだからな」

 「……ニブチンよりマシだ」

 腕の中で、もごもごと和樹は反論する。

 生憎と、剣人にはよく聞こえなかった。

 「もう予鈴がなるから教室戻るよ」

 「恥ずかしいから、戻らない。戻るんだったら、剣人、独りで戻ればいいじゃん」

 「ダメだ。授業をサボるなんて悪い子がするもんだぞ」

 「……僕は悪い子だから」

 「今日は、拗ねまくりだな、和樹くんは」

 「だったら、剣人もサボればいいじゃん」

 和樹は、剣人の胸に顔を押し付けながら言った。

 「たまには、人生勉強もいいか」

 「うん」

 剣人は、和樹の気持ちが落ち着くまで、小さい頃してあげたように和樹を抱きしめていた。

 

*

 

 剣人と和樹が教室で喧嘩した日から、ついつい和樹を目で追ってしまう癖がついた。

 和樹が嬉しそうにパンをゲットして歩いている姿、難しい顔をしてぶ厚い本を読んでいる姿、眠たそうに
して目をこすりながら授業を受けている姿、つまらなそうに現代文の演習を解いている姿を、追っていた。

 そして、そんな自分に一人赤面してしまう。

 「好きなんだ? 笹山くんのこと」

 後ろから突然かかった声につられて、剣人は無防備に返事をしてしまった。

 「ああ」

 「やっぱり」

 「えっ!?」

 振り向くと、奈々が立っていた。

 「松原、あのな……」

 「犬崎くん、何、動揺しているの?」

 剣人の言葉が上手く口から出てこず、喉にひっかかったままだった。

 そんな慌てている剣人にうんうんと頷きながら天使のような清らかに奈々は笑う。

 「協力、しようか?」

 「何を?」

 「私、恋のキューピッドって得意なの。それに犬崎くんよりもそういうことに詳しいよ」

 奈々は何故か自信たっぷりに微笑む。

 剣人は、奈々の迫力に負けてしまった。

 そして、奈々の言う「そういうこと」についてよく分からないけど、「うん」と言ってしまった。

 そんな二人のやりとりに眉をしかめて見ていた人物がいた。






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