鼻歌でも歌いだしかねないほど上機嫌な奈々は、剣人の横に座ってメモ帳に一生懸命なにやら書き
こんでいる。しかも、顔を赤らめながら、嬉しそうだ。

 そんな奈々の姿を横目に見ながら、自分はなんて恥ずかしいことを告白してしまったんだろうと剣人は
思う。いくら同性愛に理解があるからと言っても、人に吹聴すべき事柄でもないのに。

 剣人は人に面白おかしくウワサするタイプの子じゃないと思いつつも、秘密を知られたことに気が重か
った。

 以前、ニュース番組で「オタク文化」の特集を見たことがある。もしかして、奈々は「腐女子」というやつ
なのか? だから、剣人が和樹のことを好きだということについて悪感情を持たないのだろうか?

 じっと、楽しそうにメモを書いている奈々を剣人は見る。

 「そんなに見つめられると恥ずかしいよ」

 「そんなに俺見てたか?」

 「もう、穴が開くくらいね」

 奈々は顔を赤らめながら、照れを隠すように手をぱたぱたと振って笑う。

 「なんていうか、オトコマエがそんなに見てくれるのは、まあ嬉しいんだけどね」

 「なっ! 何、言ってるんだよッ」

 剣人の方も顔を赤らめてしまう。

「あはは。でも、今日は笹山くんと一緒に帰らなくて良かったの?」

 「あいつは、今日は独りで帰るって言ったから……」

 「犬崎くんって、結構、押しが弱いよね。そんなじゃ笹山くんのハートは手に入らないぞ」

 冗談めかして、奈々は手を拳銃の形にして剣人の胸をバキューンと撃つまねをする。

 剣人は、普段とテンションが違う奈々のことに顔をしかめた。

 「なんで、そんだけ嬉しそうなの?」

 「だって、リアルでこんな話に一枚噛めるって、私、幸せモンじゃない」

 胸をそらしながら、奈々は断言する。

 「意味がわからないよ、松原」

 不可解な奈々に剣人は「女って理解不能」と胸の中で小さくこぼす。

 「なあ、松原は俺を気持ち悪いと思わないのか?」

 「なんで? 人を好きになるって気持ちってステキなことじゃない。そういうステキなことに対して、自分
と違うからと言ってケチをつけるのは、なんかイヤだな、私」

 「松原っていいな」

 奈々の瞳は大きく開かれる。そして、顔を真っ赤にする。

 「あーあー、何、マジで恥ずかしいこと言ってるんだろ、私たち。しかも、私なんか語っちゃったし」

 「そうか? 俺、和樹を好きだって自覚しなかったら、そういうのに偏見持ってたかもしれない。あんま
り、そういうこと深く考えたことなんてなかったし」

 剣人は大真面目な顔をしてさらっと言いのける。

 放課後の二人っきりの教室には沈黙がおとずれる。

 しばらくして奈々の手が再び動き始める。

「完成っ! ビーでラブな計画ができたよ」

奈々がガッツポーズをして、剣人にメモを手渡す。

「えーと、愛を得るための作戦1。デートに誘ってみよう。二人で遊びに行こうって言うんじゃなく、デー
トって言っちゃうのがポイントだよ。作戦2。スキンシップを増やしてみよう。笹山くんのことを意識させ
ちゃえば勝利だ。作戦3。後は、押してダメなら引いてみるべし。……って」

「なかなか良策でしょ」

 奈々は自信たっぷりに微笑む。

 しかし、剣人はなぜだか絶対に上手くいきそうにないなと確信した。

 明日から気が重いなとずーんとまた一つ悩みを抱えた剣人だった。

 

*

 

 「よ、よう、和樹」

 後ろからの目線を気にしながら、剣人は声をかける。

 心なしか声が裏返っているような感じでカッコ悪かった。

 自分でも分かっていたが、よく分からないオーラに負けて、続ける。

 「あ、あのさ、今度どっか行かないか?で、で、でッ――」

 デートという単語が気恥ずかしくて、言葉にならない。

 和樹は、その時にはじめて薄い新書から目をあげた。

 そして、剣人のことをじっと見る。

 「どういう風の吹き回し? てか、何、企んでいるの?」

 初志を貫徹する気が剣人は吹き飛ばされてしまった。

 「いや、何って、遊びにいく約束くらいでどうしてそんな、勘ぐってんだよ」

 和樹にズバっと核心を突かれ、剣人はうろたえる。

 「剣人の鼻がヒクヒクしてるし」

 じとーっと剣人を見る。

 「うそだッ!?」

 わたわたと剣人は自分の鼻を触って確かめる。

 和樹は一人、馬鹿なことをしている友人を見上げて、溜め息をつく。

 「墓穴を掘るって言葉、知ってる? ああ、そんな高尚な日本語なんて知らないか」

 「なんだよ、それっ!?」

 「何の知恵をつけられたのか知らないけど、身の程知らずって奴じゃない?」

 低く和樹は鼻で笑う。

 「さ、読書の邪魔だから、退散してよね。しッ、しッ」

 剣人の後ろのキューピッドに手を頭上にのばして、降服のサインを送る。

 第一ラウンド、剣人の全面敗北で終わる。

 

*

 

 恋のキューピッドは一回くらいの失敗では、メゲなかった。

 それどころか、余計に闘志を燃やしたかのように熱く、「体育が勝負だね」と言い切った。

 剣人は、他に考えが浮かばなかったので、奈々の案にのった。

 そして。

「か、和樹、一緒に柔軟組まないか?」

 「なに言っちゃってるの、剣人。僕らの身長差で組んでごらん、大変なだけで終わること必須だね。
零、柔軟終わらせちゃおう」

 和樹は、隣にいた高梨零に声をかけてくるりと背を向ける。

 その背に剣人はなにか言い募ろうとして、口を開けるが、

 「……時は満ちてないよ。まだ、ダメだ」

 小さく、しかしはっきりとした声で零は剣人に告げる。

 剣人は、和樹の隣にいた小柄な少年に目をやる。

 静かに零は剣人を見返した。

 「剣人もこんなところで、油売ってないで速くいつもの相手に戻りな。高田のやつも待っているだろう
に。」

 見事に正論を吐かれてしまった。

 「……おう」

 第二ラウンド、またもや剣人は敗北を喫す。






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