常盤通りを走っていてカップルが並んで歩いているのを見ると、虎太は独り身で
あることを思うのだ。大学生活も、バイト生活も不満な要素はない。それでも、クリ
スマスという華やいだ雰囲気が虎太を余計に寂しい。
常盤通りを抜けて三叉路にさしかかると、哲哉に「先輩待ってください」と、後ろか
ら声をかけられた。さすがに校舎の外で、虎太よりも大きい体で飛び掛ってこられ
るかと思うと、恥ずかしいだろう。
顔立ちだって整っているのだから、ガールフレンドの一人や二人いるのではないか
と思う。むしろ、人懐っこい性格のために母性本能の三つや四つくすぐられるだろう。
哲哉が本気になれば、五個や六個のチョコだってもらえるだろう。もちろん、二桁に上
ったっておかしくない。うらやましい。
虎太がしょうもないことを考えているとも知らず、哲哉は大きながたいで抱え込まれ
る。人通りが少ないとは言っても、いつ人が来るかと思うと、自然と顔が虎太は恥ずか
しくて顔から火が吹きそうだ。
高校時代からのぶっとんだ友人は言う。
「今、フリーだったら酒井と付き合えばいいじゃん」
男同士なのに、一体全体そんな発想が出てくるのだろう。どうにもこうにも発展しない
ではないか。
「だって、顔はいいんだし。男だったら、プレゼントは当たり前ってことはないっしょ?
同性だから、その辺の間合いも分かっているだろうし」
だったら、お前が男と付き合えばいいじゃないかと虎太は心の中で答えた。さすがに、
そこまでの台詞をいう気概がなくて、曖昧に笑ってすませたが。それは冗談として、冬
の寒さの中で人肌とはなんて暖かいのだろう。男相手なのに、心が落ちつく。
哲哉の黒い制服を見つめて再三考える。もしかして、哲哉だって人肌が恋しくて自分を
誰かの身代わりとして抱いているのかもしれない。あまりにも惨めになるような考えだった。
「いい加減離せよ。人が来たら男同士抱き合っていたら、変に思われるぞ」
「別にかまわないじゃないっすか」
ほがらかに笑う哲哉に、傷つけないように、しかし、少し不機嫌さをにじませて虎太は
言い放つ。
「俺がかまう」
ちらりと頭の中に、ちょっとくらいへこませてやっても構わないとも思った。けれども、
虎太は口には出せなかった。人を傷つけるかもしれないというのは、とても恐ろしい。
哲哉をべりっと引き離した数秒後、三叉路に人影が差した。ふと、そちらに顔を向けると
見知った顔があった。
「より子先生! いや、えと、清水より子先生ですよね」
より子先生は数秒考えるそぶりをして、
「あら、板野くんだったかしら? それと、酒井くんだったわね。お久しぶり」
「先生、よく分かりましたね。俺、覚えてもらっていて嬉しいですよ。あれ? どうし
て、先生は酒井のことを知っているんです?」
哲哉は虎太の台詞を聞いて、地面に座り込んだ。
「先輩、俺、同じ幼稚園だったんっす。家の関係で小学校に入学するか、しないかくらい
で別のところに引っ越したんっすよ。それでまた戻ってきた、ということっす」
「幼稚園の頃のこと、あまり覚えている子はいないんだけどね。でも、二人とも、幼稚
園の面影が残っているから、先生わかったのよ」
より子先生はにこにこ微笑む。
「それに幼稚園の頃から、酒井くんは板野くんにべったりだったからねえ。」
「え、本当ですか?」
虎太は驚く。まさか、哲哉が懐くのは高校時代に始まったことではなかったのだ。
「あの頃、板野くん天使みたいでね。それをどこまでも酒井くんがついていって先生方が
困ったりなんかしてたしね」
「高校で俺、再会したときは一発で分かったのになあ」
哲哉は肩を落とす。
なんだか後ろめたいと虎太は思う。幼少のころから慕っていてくれた存在を忘れてし
まうなんて、ひどく不人情だろう。
「言えばよかったのに。なんで黙っていたんだよ?」
「もしも、覚えていないって言われるのが怖かったんっすよ」
あはは、俺、純情少年なんっす、と哲哉は笑う。その笑う顔に虎太はいたたまれなく
てしょうがなかった。
「より子先生、酒井。俺、ちょっと用事を思いだしたんで、先に行きますね。走らなきゃ
間に合わないから……」
そう言って、二人を残して虎太は駆け出した。